日々是雑感 2026年5月

○2026.05.04月
★向田邦子の短編小説「胡桃の部屋」(文春文庫「隣の女」収録)の主人公は父親の部下だった妻子持ちの男性と毎月逢う。この作品が発表された1981年頃は父親の部下と仲良くなるという事は充分アクチュアリティがあったのだろうかと記憶を探ると、むかしの映画やドラマには父親が会社の飲み会の流れで数人の部下を家に連れてくるという場面がよくあったが、僕が社会に出た80年代終盤以降はめっきり減ったような気がする。
★「トレンディドラマの特徴は親が出てこない、出てきてもドラマに深く関わらない」という説を読んだ記憶がある。この説を採用するならトレンディドラマの嚆矢と言われている「男女7人夏物語」「男女7人秋物語」は親の関与が強すぎるのでトレンディドラマと呼ぶべきかどうか微妙になる。僕の感覚では「男女7人…」はトレンディドラマではない。いずれ「男女7人…」が放送された86年〜87年の時点では〈トレンディドラマ〉という言葉はなかった筈。
★「胡桃の部屋」の数年後に放送されたドラマ「ふぞろいの林檎たちⅡ」には中井貴一の会社に石原真理子がいきなり来る場面が何度もあり、中井貴一の上司の室田日出男と深く関わっていくが、トレンディドラマと言われた作品が一斉を風靡した90年頃からドラマにおける人間関係の作り方はそれ以前とは大きく変わり、仕事と家庭は分けて描かれて、いきつけの店などで偶然遭遇する事はあっても、誰かが主体的に動いて職場と家庭が繋がる事は少なくなった気がする。ありとあらゆる人間関係が濃密に関わり合う「渡鬼」のような例外もあるが。
★「胡桃の部屋」を読んだ時に「父親の部下の男性と一体どうやって知り合って仲良くなったんだ?」という強い違和感を一瞬感じた事に端を発した記憶と意識の流れをそのまま記してみた。朧気な記憶とあやふやな知識で書いているので、実際に調査すると意外にそうでもないという事実が判明するかもしれない。
○2026.05.06水
★遊撃手の頭上を超えるポテンヒットを「センターに抜けていきました」と実況するアナウンサー……。※巨人vsヤクルト4回裏
○2026.05.08金
★短パンにヘインズの厚めTシャツで渋谷まで歩く。曇っていて気温はそれほど高くないがそれでも帰宅時には汗だく。先週の水曜日はあんなに寒かったのに。
○2026.05.10日
★5月は散歩に一番良い季節の筈だが既に暑い。日陰はそうでもないが日向で無風だと、暑さに体が慣れてないもあって、危険を感じる暑さ。若い頃に比べて暑さ寒さに対する耐性が弱っているのかもしれない。
○2026.05.13水
■原節子、号泣す(2014=末延芳晴)集英社新書 250頁
★論文のような硬めの文章。断定的な言い方が多い。
★原節子は「反社会的な本性を秘めた女優」(P94)と断定しているがこれは信用するに足る根拠に基づく定説なのだろうか?
★映画「晩春」で原節子が号泣するシーン、脚本には「声を忍ばせて」とあるのに本番で原節子が自らの判断で号泣して小津がそれを受け入れたと断定している(P133〜134)のも上記と同様に根拠(本人の発言など)があるのか疑わしい。監督からの指示がないのに「忍び泣き」を「号泣」に変える事は通常考えにくく、小津作品なら尚更に思える。
★「晩春」の例の壺のシーン、他の論者の解釈に対する疑問と自らの解釈を長々と書いているが、本来、映画の解釈は観る者の自由なのではないか。性的な意味はないと延々反論するのも勿論自由だが、200回以上見た私の解釈こそが正しいと声高に主張しているような書き方。笠智衆はいびきをかいて寝たふりをしているだけかもしれないし、壺=骨壺という発想は安易過ぎる、と僕は思う。
★「麦秋」冒頭の食事シーンを「日本中どこの家庭でも当たり前に見られる筈の光景」(P176)と書く真意は判らないが、文字通りに捉えれば、何事も標準的・理想的な型にはめようとする官僚的思想を感じる。
★「東京暮色」は戦後の小津作品の中では魅力が乏しい作品だとは思うが「欠陥の目立つ失敗作」(P230)だろうか? 「部下の男と不倫の関係に陥った妻に駆け落ちをされた男が、残された二人の娘を男手ひとつで育て上げるというストーリーの設定そのものにリアリティが欠落」(P229)という言い方はこれも真意が判らない。そういう家庭は現実にたくさんある筈。小津が映画にするストーリーとしてはリアリティ不足、と言いたかったのだろうか? 筆者には「麦秋」の食事シーンのように「家族」「幸福」などに関して標準・理想の「型」があり、全てそこから発想しているように読めるが、僕は何事であれ「型」なんてないと思っているので多分根本の発想が違う。
★どんな瞬間に「幸福」を感じるかは人それぞれで、誰かと一緒にいる時は常に気を使うのでひとりで好きな本を読む時が一番楽しいと思う人がいても全く不思議ではないし、どんな時代のどんな人間関係でも「幸福」はいずれその瞬間の奇跡で、決して永続はしないと思う。
★僕は人前で号泣するという行為に〈リアリティ〉を感じられないので、どう理論展開されても根本的な部分で筆者とは相容れない。僕は(自分自身がそうなので)本当に衝撃を受けた時は呆然絶句して涙が零れ落ちる方がリアルに感じられる。映画の号泣シーンは人前でも周囲に人がいない状況でもただただ興ざめするし、現実で人前で号泣する人を見たら、それは一種の演技(時には本人が気づかないレベルの演技)ではないかと疑ってしまう。
○2026.05.19火
★図書館で借りた本、薄い文庫本1冊だけなら平気だが、予約のタイミングで2冊同時に借りてしまい、そのうち1冊は貸出延長ができない時は、毎日着実に読めば2週間はかからずに読み切れると判っていても、なぜか、若干プレッシャーを感じてしまい、どこかでかすかにあせりながら読むので完全に没頭は難しい。1冊借りた後で予約確保があると気づいた時は最初に借りた方をキャンセルできれば良いのだが、いったん貸出手続きをしてしまうと、選んで冒頭少し読んで手続きをした時間が勿体ない、と思ってしまう。
★村上春樹「ねじまき鳥クロニクル」読み始める。発売当時に単行本で読んで、その後2回は読み返している筈なのに、いなくなった妻を探して井戸に入る話、むかしの戦争(ノモンハン?)の話が唐突に入る、程度しか思い出せない。漠然としたイメージは浮かんで来るが、それがこの作品なのか確信が持てない。むかしは1回読んだだけで10年くらいはもっと細かい所まで記憶がキープされていた気がする。50歳を過ぎた頃から記憶力はどんどん低下しているようだ。
○2026.05.21木
★「ナイツ ザ・ラジオショー」今日もSTAR WARSの話。「デジタルリマスター」を「デジタルリマインダー」と言っていたのはたぶん昨日。

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