※最近見た映画の雑多な覚え書き
○2026.04.01水
★映画館は「ちょっと時間が空いたから映画でも観よう」と思ってふらりと行く場所ではなくなった。むかしはぴあやCity Roadや新聞で上映時間を調べなくても、渋谷パンテオンか新宿のミラノ座か有楽町の日劇に行けば、いま一番集客が期待できそうな大作が朝から晩までかかっていた。よほどの人気でなければ平日の昼間なら満員になる事はなく、一日中同じ作品を上映していたので途中から入っていつでも出る事ができた。
★人気作品を公開日の夜や週末に確実に座って観る為には全席指定・ネット予約可能な現行システムは非常に便利だが、平日昼間に気軽に観るなら、全席自由・途中入場可・入れ替えなしのむかしのシステムの方が良かった。ネットで上映館と上映時間を10〜20分かけて調べて「コレを観よう」と決めても席の予約作業の長々と続く行程でだんだん行く気が薄れてきて、これで確定の最後のワンクリックでやめてしまった事が何度もある。
★シネマサンシャインや歌舞伎町の映画館街に行って看板を見て作品を選んで近くのチケットショップで前売券を買って入場していた頃は映画を観る気分で家を出て何も観ずに帰ってくる事はなかったが、それは若さゆえにいまの数倍の好奇心や行動力があったからなのだろうか?
○2026.04.03金
★3連続ヒットでもいずれも単打なら得点が入らない可能性があるが、3連続2塁打/3塁打/本塁打なら2〜3点は得点できるので、長打が期待できる打者を上位に並べてできるだけ多く打席を与えるMLBのやり方は理に適っている。ジャイアンツなら①泉口②キャベッジ③ダルベック④岸田or大城、タイガースなら①近本or中野②佐藤輝③森下④大山、ソフトバンクなら①近藤②山川③柳田④栗原。できれ①②③④は固定したい。⑤以降は相手投手との相性や調子で日替わりでOK。
○2026.04.05日
★ジャイアンツは①浦田②キャベッジ③泉口④ダルベックと打線変更、結果的に当たったが、①泉口②キャベッジ③ダルベック④岸田or大城or増田陸or坂本or丸で良いと思う(④は現状固定できない)。スワローズの③に捕手を置いて頻繁に入れ替える打線には何か根拠があるのだろうか。素直に①長岡②オスナ③サンタナで良いと思うのだが。
○2026.04.08水
★「マヨネーズぬきのサンドイッチ」(「サリンジャー選集2 若者たち」収録)。主人公の弟・ホールデンは行方不明、妹の名前はフィービー。定員30人なので34人中4人は行けないという事態の解決が主意のようだが、あちこち散逸して何を言いたいのかよく判らない。人間の意識をそのまま言葉で表現しようと試みたのだろうか?
○2026.04.10木
★90分歩き続けても平地なら殆ど疲労を感じないが、上り坂や階段はすぐに疲れる。先日、久々に階段を一段抜かしで登ってみたら20段くらいで息が上がって太もも前面に疲労感。若い頃は普通に階段を登ると足踏みしているような感じだったので、一段抜かしが当たり前、最後に歩数が合わないときは二段抜かしで上がっていたのだが。同じ階段を翌日普通に一段づつやや速歩で登ったら、それでも途中から疲れを感じた。平らな所と傾斜がある所では歩く時に使う運動機能が相当違うらしい。
★下り階段は視力低下で段差がよく見えない事もあって一段一段転びそうで怖い。若い頃はろくに足元も見ずに一段抜かしで下っていて、たまに転びそうなるとそのままの勢いで適当にホップステップジャンプな感じて下っていたが、いまは下りの一段抜かしは到底無理。
★ここ数年で色々な機能が衰えてきているのを実感するが、それでも普通に歩けて、自分で自分の面倒を見る事ができていれば、まだまだ全然マシ。この状態ができるだけ長く続く事を願って、今日も散歩をする。
○2026.04.12日
★小林信彦が「それにしても渋谷は人が多すぎる」と書いた「私説東京放浪記」は1992年発行(雑誌連載は91年?)。僕が渋谷(げんみつには富ヶ谷)の事務所に入ったのは90年9月。その事務所を辞める96年まで、ほぼ毎日自転車で渋谷を通っていた。当時も人は多かったがいま程ではなかった。すっかり人混みが苦手になってしまったいまは、平日でも外国人観光客で溢れている駅近辺やセンター街にはあまり近づきたくない。当時は一番好きだった街だった渋谷はいまはどちらかと言えば苦手な街になってしまった。とにかく人があまりにも多すぎる。
★当時の恵比寿の自宅から事務所までGoogle Mapsによると約40分。いまなら当然歩いて行くが、当時は長時間歩く習慣は全くなかったので自転車を使っていた。自転車で事務所に行くルート、明治通りの裏道(線路際の道)をどんどん行って246を渡る所までは覚えているが、そこからどう進んだのか思い出せない。当時もスクランブル交差点付近から道玄坂は人が多かったので避けていた筈なので、宮益坂下交差点からのんべい横丁に入ってゲートをくぐって井の頭通りを行ったような気がするが、光景は浮かんでこない。明治通りの裏道には右側に都バスの集積所があった(いまもある)。246は自転車用の横断歩道があってもすぐ横をクルマが速いスピードでビュンビュン通っているので横断が怖かった。そこまでは光景も心情もはっきり浮かんでくる。
★事務所があった場所はNHK放送センターの近所、井の頭通りの西側の細い道、渋谷方面から行くと右側のマンションの2Fか3F。向かいにセブンイレブンがあった。何度も利用した居酒屋「滝乃家」はGoogle Mapsによればいまも営業中。この辺りの道の風景、なんなら自転車で行った初日に「自転車はどこに置けば良いんだろう?」と思った事も覚えているが、なぜか途中経路の光景の記憶がない。渋谷が苦手になってきた事で苦手な場所(センター街など)付近の記憶がどこか深い所に追いやられているのだろうか。記憶はどうしてこんなにまだらなのか。
○2026.04.14火
★「マディソン街はずれの小さな反抗」(「サリンジャー選集2 若者たち」収録)。「ライ麦」の完全な原型。サリー・ヘイズ登場。ホールデンの話し言葉の訳文はこの時点での若者言葉なのだろうが、2016年に読むと当然古びている。語尾「ぜ」や「さ」もここ20〜30年で使われなくなった印象。サリー・ヘイズの語尾の「わ」、女性の話し言葉として長く使われてきたが、これも最近は相当減っているか?
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