ウィリアム・ギブスン「ニューロマンサー」ハヤカワ文庫を手に取ると、80年代終盤〜90年代前半のムード、コンピューターの発展で数十年後にはとんでもない世の中になっているかもしれない、と思っていたあの頃の感覚が濃密に蘇ってくる。 数日前、イーロン・マスクが設立した「ニューラリンク」が脳にチップを埋め込む臨床試験を開始したというニュースが報じられた。やっと「ニューロマンサー」の世界の第一歩が踏み出された、予想したより随分時間がかかったな、と思った。 若者は、いまから30年も経てば、世の中は相当進化していると期待するが、実際はそんなに急速には進化しない。60年代に人類初の月着陸をリアルタイムで体験した若者は、いまから30年も経てば人類は月や火星に住んでいるかもしれない、と期待していたと想像するが、現実は50年以上経ったいまも実現していない。ネットの発展で便利になった事はたくさんあるが、ハードやソフトの設定や更新、IDやPWの管理、ハッキング対策など、様々な事に時間を取られるようになり、タイパに関しては逆に退化している部分もある気もする。ラジカセなら「ボタンをひとつ押す」というワンアクションでラジオやカセットテープから音が出るが、スマホは何段階もの操作が必要。 「ニューロマンサー」で一番魅かれた設定、電脳空間に直接繋がって意識(脳波?)で諸々をコントロールするシステムはやっと最初の扉が開いた。 ハヤカワ文庫「ニューロマンサー」は1986年7月発行。購入して夢中で読んだのは覚えていても、それがいつだったのかは記憶が曖昧。新聞か雑誌で記事を読んで書店に行ってみたら平積みになっていた気もするし、相当話題になった後で読んだ気もする。雑誌「スターログ」を読んでいれば、後ろの方のSFコーナーで当然紹介されていたと思うが、中学・高校時代は毎号欠かさず愛読していた「スターログ」も、大学入学後はだんだん買わなくなっていた。 見た映画・読んだ本に関して中学時代からまとめていたノートは94年の火事で焼失。90年代半ばにパソコンを導入後、見た映画・読んだ本を全部まとめて管理しようと思って、Mac付属の無料ソフト「クラリスワークス」で、燃え残った日記帳を情報源に暇を見つけては1件1件手入力していたが、その作業が終わる前に「クラリスワークス」は使えなくなった。 入力済のテキストデータは他のアプリで読み出せるので、いま確認してみた所、「ニューロマンサー」は入力されていなかった。このトシになると、いまさらライフタイムベータベースを手書きの日記から構築するのはいかにも面倒。日記をデジタルスキャンして自動的に作成してくれる無料サービスが出現したら使ってみたいが。 「ニューロマンサー」の映像化は未だ実現していない。「攻殻機動隊」でも電脳空間の雰囲気は味わえるが、「ニューロマンサー」も現実が追いつく前に映像作品で見てみたい。 wikiによると"日本を代表するSF作品として有名になった「攻殻機動隊」もニューロマンサーの影響を受けた作品であると誤解されがちであるが、原作者の士郎正宗によるとニューロマンサーを読んだのは攻殻機動隊の連載開始後であり、世界観自体はニューロマンサー日本語訳版の発刊時に既に一巻が入稿されていた「アップルシード」において構築されている"との事。これは、僕も、いまのいままで勘違いしていた。漫画「アップルシード」の方が映画「攻殻機動隊」(1995年公開)より全然早かったのか。 「攻殻機動隊」のコミックスは、昨年の引っ越しに伴う最後の漫画単行本断捨離でも手放さずに所有している。第2巻のオールカラーの電脳空間描写は何度読み返しても素晴らしい。いまは実現してない技術に関する台詞があまりにもにワケ判んなくて笑えてくる。 頭蓋骨に穴を開けてチップを埋め込むのも脊髄のデバイスにケーブルを繋ぐのも怖いので、Netflix「ブラックミラー」にあった、こめかみに貼るシール的なデバイスで〈没入〉したい。それが実現して、生体認証でIDもPWも不要で、脳波で何もかもコントロールできるようになれば、「ニューロマンサー」を初めて読んだ80年代の僕に対して、胸を張って自慢できる。
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